2014年12月7日日曜日

我が父サリンジャーならぬ我が青春サリンジャー①

























私とサリンジャーとの出会いは大学時代のゼミであった。
英語がペラペラになりたいと思い語学のゼミを希望していたが、くじ引きで見事に落選。余っていたのはサリンジャーのゼミであった。( すいません。。)
仕方なく入ったゼミであったはずなのに、卒業するころにはサリンジャーの描く「飾らない生身の人間像」に惹かれていた。
ゼミに入った年にサリンジャーが死亡(2010年1月27日)というのも中々話題性があって運命を感じた。
今では、このブログのタイトルもそこから付けたぐらいにサリンジャーは私の中で欠かせないものとなっている。
私が大学を卒業した翌年、当時のゼミの先生が『サリンジャー ―生涯91年の真実』(高いけど是非読んで欲しい!)を発表したので
ゼミの時に取りかかっていたプロジェクトがあると言っていたのはこれだったのか!と本屋で1人納得していた。
なんだかんだで私と切っては切り離せない存在のサリンジャーをもっとみんなに読んでもらいたいので
紹介したいと思う。
生涯にたった4つしか作品を発表しなかったので、さらりと読破出来てしまうのもポイントである。(そこがかえってミステリアスなのだが…)
まず、サリンジャーと言えば『ライ麦畑でつかまえて』が有名であるが、個人的に『ナインストーリーズ』短編集をオススメしたい。
下記は、その9つの短編の中でも私のお気に入りの4つである。


第1位
 A Perfect Day For Bananafish バナナフィッシュにうってつけの日 (1948) 
短編集第1話目で、最も重要な作品の1つ。私の中でサリンジャーと言ったらバナナフィッシュが1番に出てくる。この後の、グラス家の兄弟の物語として語られる最初の物語でもあるのでなにげに重要度は高い。
グラス家の長男であるシーモアの自死を描いているのだが、結局なぜシーモアが自殺しなければならなかったかが
謎のまま。それどころかこの短編内でのシーモアの人間像が不十分すぎて、読み終わった時にはモヤモヤが残る。大学時代ゼミでも議論したが結局真相は何だったのだろう。サリンジャーしかわからないか…。

第2位
For Esme - With Love And Squalor エズメに――愛と悲惨をこめて (1950) 
私がバナナフィッシュの次に好きな作品。読んだ後号泣しました! 
第2次世界大戦に従軍したX軍曹が、イギリスで訓練を受ける合間に知り合った少女エズメとの思い出を述懐する物語。
カフェで雑談を する前半と深刻な神経衰弱に陥ったX軍曹がエズメからの手紙を受け取る後半に話が分かれている。
サリンジャーの話全てに共通すうことだが、X軍曹が戦場でどのような死地をくぐりぬけたかは一切語られない。
中でもエズメの最後の手紙は涙ものだ。ついでに言うとエズメの弟のチャールズのメッセージも。

You take a really sleepy man, Esme, and he always stands a chance of again becoming a man with all his fac-with all his f-a-c-u-1-t-i-e-s intact.

3位
The Laughing Man 笑い男 (1949) 
コマンチ団の団長が失恋する話。ただそれだけの話なのに、作中作の「笑い男」の話と巧みな描写力によって話が深い物になっていると感じる。団長が自分で勝手に作った「笑い男」(ヴィクトルユーゴーの『笑い男』がモチーフ)
の話と団長自身のメリージェンとの恋物語の私情がリンクして起承転結が繰り広げられるのが面白い。さすがサリンジャーだなーと思った作品。

4位
 Uncle Wiggily In Connecticut コネチカットのアンクル・ウィギリー (1948)
メアリージェーンとエロイーズ、そしてエロイーズの娘ラモ−ナの話。怒り、寂しさ、諦めと後悔がまざりあった複雑な感情が漂っている。ラモ−ナは幼いながら心に歪みをもっていて奇矯な言動がちょっとホラーっぽくて冷やっとする。こちらもサリンジャー特有の戦争がちらっと絡んだ作品。(戦争風景は描かないけれど、戦争によっての被害や影響を受けた人達シリーズ)



最後に、野崎さん訳か柴田さん訳か村上さん訳かいろいろ言われてますが
私には野崎さん訳が1番しっくりきました!
友達に聞くと村上さん訳の影響で読んで見たと言う子が多いけど。






2014年11月23日日曜日

中二病的文学青年アンセム〜The Smiths〜

 私の学生時代の青春であり、遅すぎた思春期になりかけている今再び聞き始めたThe Smithsについて書きたいと思う。

   The Smithsは80年代UK、ラフトレードの看板カリスマインディーズバンド。
もうラフトレードってだけでワクワクしてくる。
ロックにおける厳ついイメージを覆し文学的な詩で皮肉に世の中をおちょくってくれたThe Smiths。


 ボーカル・モリッシーは公務員を2週間で辞めてしまい、その後職にも就かず親と同居の家にこもりきり。オスカー・ワイルドを筆頭とする文学を読みあさって、ニューヨークドールズのファンクラブ運営をする現実逃避人間。いわゆるニートで社会不適合者(笑)。
読んでいる文学がかぶっている所も嬉しかったり。
そんな自家中毒男モリッシーを、ジョニー・マーが外(社会)に連れ出したことがThe Smiths結成のきっかけとなる。



 私がThe Smithsに惹かれる理由…。
それはモリッシーが弱者だからだと思う。
内に閉じこめられた現実逃避の感情を、ニート期間に培った文学的センスのある詩にのせて皮肉に歌う。たいていロックというと希望のメッセージや自分の悲劇を歌う音楽が 多いがThe Smithsは違った。内に鬱積された腐った感情を発散させてくれる歌詞を、美しいメロディーラインにのせて歌う。弱者を知っているから優しい歌が歌える。人間の弱さを素直に隠さず見せてくれるそんな優しいバンドだから好きなのだ。

 更に、今までのロックのイメージである男性的な勇ましさを感じさせないところも。ひょろひょろのモリッシーが腰をフリフリしながらオカマ声で歌う。そしてステージにはたくさんの花を撒き散らす…。こんなロックバンド今まであっただろうか。

「お家に帰りたい
 こんなところにいたくない
 ラララララ…」
The Headmaster Ritual

↑どうしょうもない歌詞だが、誰でもこういう事あるはず。
情けない歌詞だけどついつい共感してしまう。














2番目のシングルThe Charming Man」The Charming Man」だってなかなかの皮肉っぷり。
貧乏な美少年がおじいさんに裏切られてしまうというストーリー。


























「Girlfriend In A Coma」
ガールフレンドが昏睡状態に陥ってしまったんだけど、以前実は殺しかけた事があったと告白する曲。
なんだそれ(笑)



























そんな皮肉というかひねくれた曲もある中で、こちらはメロディーラインが美しくておすすめ。
結構映画の挿入歌として使われる事が多いバンドなのだ。

「500日のサマー」
この映画、The Smiths大活躍! 2人が出会うきっかけがThe Smithsですもの!
2曲も挿入歌として使用されてる。

このシーン最高!
トムのヘッドフォンが音漏れしThe Smithsの曲が聞こえてきて、“I Love The Smiths"ってサマーが話しかける。少し歌っちゃうし。
この映画、トムはJoy DivisionのT-Shirt着て出てくるし音楽ネタ盛りだくさん。(話がそれるのでまた別の機会に)




「Wallflower」からは「asleep」が。
「歌を歌って眠らせて…疲れれてしまったそれに私は、ベッドで休みたい…」
と優しいメロディと歌詞が好き。



個人的にこの動画がおすすめ。
1954年の映画「Habit Patte」から。この映画を見てインスパイアされたとか?!



まだまだ紹介したい曲ばかりなので次は第2弾で紹介したい!



オチは予想できる、でも見てしまう、ハイスクール青春ムービー!

アメリカのハイスクールを題材にした作品には大体設定が決まっており
オチは予想できてしまう。
ヒロインであるちょっとダサい女の子が出てきて
とてもじゃないけど縁のない、勉強もスポーツも堪能なイケメンボーイと
ひょんなことがきっかけで結ばれるストーリーや
その逆パターンもよくあることである。
登場人物も、めちゃくちゃ意地悪なかわいい金持ちお嬢や
性格の悪いイケメンボーイズなど必ず登場する。
その設定だけで物語の流れは出来上がり、あとは軌道に乗せるだけである。

そんな中で、

2013年6月11日火曜日

背景を知ってきちんと着たい!イディスヘッドのスタイリング!!

ムービースターのムック本や最近発売したWWDの映画特集もしかり、
映画から派生するファッションが注目されている。
ただ単に服を着るというよりも、歴史的背景を知った上で着ようという
動きは、視覚重視のレディースファッションも
メンズのように「賢く」という点で、少し変わってきたように思える。

そんな中で、私が最も影響を受けたスタイリスト、

ファッションアイコンを作り上げ、今の時代にも通ずるファッションの原型を作った人物
イディスヘッドを取り上げてみる。

まず私が思うスタイルアイコンの定義は以下である。

スタイルアイコン
Ⅰ、アイコン主=スタイル
Ⅱ、実際に流行ったか
Ⅲ、流行った後、そのスタイルは定着したか



イディスヘッドといえば、「ティファニーで朝食を」が有名である。
この時にでてきたlittle black dressは
のちのち女の子のワードローブの一着となり定着するのであるが、
注目すべきなのはこの時のスタイリングにある。
ジバンシーのブラックドレスで登場するシーンがいくつかあり、
アクセサリーなどの装飾やスタイリングによって雰囲気を変え登場している。
ここから、ぜいたくにたくさん持っているわけではなく(ジバンシーのドレスであるが)
ちゃんと着まわしているということがわかり、私たちと同じくリアルである。




さらにこのころ長身の身長で悩んでいたオードリーにフェラガモのフラットシューズをはかせ
この背景もまたアイコン主=スタイルであり、
プライベートとも結びついている。



イディスヘッドが唱える”less is more”というように
今の”Kawaii”に通ずる
ドレスにペタンコシューズというミスマッチなところがまたかわいらしいのである。
シックで飾らないスタイルがカジュアルであり、
庶民の私たちも真似が出来、再生可能。。
その結果、憧れて真似し、流行からスタイル定着に代わる。



オードリーがスタイルアイコンになっただけではなく、
この映画によって、フェラガモ=フラットシューズというイメージまで作り上げたのである。
実はマリリンモンローもフェラガモのピンヒールで登場しているが、
リアルではないスタイル、
アイコン主=スタイリングにならなかったのか、
フェラガモ=ピンヒールにはならなかったのである。

こんな背景を知った上で洋服を着てみるのも
ちょっと賢いおしゃれではないだろうか?



2013年6月6日木曜日

TPOを意識して!服を着る意味にストーリーを!



装うということにおいて
自分の趣味思考にあった好きなものだけ着ることが出来ればどんなに幸せだが、
この世の中にはTPOを意識したfashionが必ずある。

それは、目的が自分主体か、相手を意識したものかという所で変わってくる。
着るという事は、少なくともノンバーバルコミュニケーションでの相手への敬意を払う行為であり、
自分の中だけでは完結できないものである。
自分のファッション=相手の為のファッショが一致すればいいが、
これはアパレルで働いていていても難しい事だ。(多くの人は着せられてる感がある)


その中で、どうせなら少し視点を変えて、自分の置かれたTPOを楽しんでみたらどうであろうか?
ディズニーランドに行くから、ミッキーの耳を付け、ミッキーのTシャツを着るにしかり、
アイアンマンを見に行くので光るアイアンマンTを身に着け鑑賞する。
これだって立派なTPOなのである。
シチュレーションに合わせてなりきるだけで、気分が上がる。






これを日常に置き換えてみたらどうだろうか、、

「ちっ、こんなスーツに身を包んだわたしなんて…退屈じゃ!欲しくない服なんて買いたくない!」
と悲観的になったり、
「毎日私服考えなくていいからかえって楽」
なんて開き直らずに、
日々のファッションを楽しみたい!


私は女優、、
「今の役はOLなの。普段はこんな服なんてきないけどなんか新鮮ねフフフ、
これからオフィスシーンのロケなの。」
と構えて、
今回のPradaのコレクションの設定のように、
「朝飛び起きて、シャンプーはしたけどドライヤーは使えなかった、
 
時間がなかったから服は少し乱れ、彼のジャケット借りてきちゃった~♪」
などと勝手にストーリーを作ってみるのである。





だって実際これが私たちのリアルなのだから…。
そのちょっとした裏の設定、事情が垣間見れるだけで
人間味がありすごくかわいいものである。
無理やり意図的に意味を持たせるだけで、
服が着せられているから着こなしているに変わる。
Fashionはライフスタイルであり、
抜けのある生活感の表れもまたFashionなのかもしれない…。


2013年6月1日土曜日

匂い・重さ・空間 すべてひっくるめて紙が好き!私のパワースポット本屋さん!

私は本が好きだ。
これは周りに何もない、地方で育った環境が影響している。
昔からまっすぐ家に帰るのが苦手な性分なくせに、行く場所とってたら本屋かTOP10に入るようなメジャーなCDしか置いていないCDショップしかないもので、
いつも交互に足を運んでいた。
ビデオを借りたくても、近くにレンタルショップもないから小説にはまるしかなく、
かわいいお洋服が欲しくても買う場所はなく、メンズからレディースまですべてのジャンルの雑誌をチェックしイメージトレーニングの日々だった。
当時の私は、全然イケてない恰好でありながらも、それらに関する知識だけはミーハーに備え付け、月1での憧れの東京の旅では、「あの人○○(ブランド名)の服だ~」や「○○(雑誌名)の何ページに載ってた服だ~」と大体はわかったりした。


上京してからは、そんな生活の反動もあり、ぶっ飛んだ生活にチェンジしたのであるが、
今も変わらずそれも毎日行くところがある。
本屋である。

主に大衆的な本屋(文教堂や紀伊国屋)、駅前の商店街の本屋、ちょっとおしゃれな代官山蔦屋・ABC、towerbooksや個性的な本屋,Cowbooks、SPBCに246books、またアート系のnadiff a/p/a/r/t,on sundaysなど休日は全部回る。
それでもって家の近くに代官山蔦屋という,ものすごく居心地のいいスポットがオープンしたものだから、仕事帰りまっすぐ家に帰らないことが日々の日課になった。

毎日行ったって本なんてなにもかわらないじゃんと思うかもしれない…。
それが変わっているのである。
仕入れる本は本屋によるかもしれないが、大体平均して一日に発売されるのは200タイトル。
昨日まであった本に加えて200タイトルも店頭に並べるとなると、それはそれはほんの大移動である。細かい部分に目を向けてみると、私たちを導く導線は変わっており、昨日まで右を向いていた本が左になっていたりと、そんな気付きにニヤリとする。
そうやって、どれが新らしく入荷したものか、この本屋は何を売りたいのか、そこから客層が見えてくる。本を通して人間観察するのが好きなのだ。

私が代官山蔦屋に、仕事帰りに毎日通う理由のひとつに、来ている人の服装を見るという目的もある。特にmagazine streetのところで立ち読みしている人たちは、お洒落で、その人たちが何を読み、何にインスパイアされ、どういうライフスタイルが好みなのか、その先が見えてくる。
50・60代の大人をターゲットとしたところ、ちょっとおしゃれでカルチャー志向の若者までついてきたといったところであろうか…。
雑誌や本の分野をある程度カテゴライズし、そこに軽くあてはめてみると、何となくこの先のライフスタイルが見えてくる。

本屋は、昔と異なりただ本を買う場所ではなくなってきた。本や関連物を通してイベントが行われたり、その分野に興味があるものが集いコミュニティー形成の場となりつつある。

紙は売れない、電子化の時代という流れも確かに感じる。
しかし、本を読んでいるときに感じる匂いからは、懐かしさや時代を感じ、
本の重み=本から得た知識であり、
下から上まで本で埋め尽くされた本棚の空間には圧倒され、賢くなった気分に浸れる。
アマゾンのおススメを買うのもいいが、
売り場で、目で見て、その時の自分と対話して感じて選ぶ方法が、
一番心に響く出会いなのかもしれない。



2013年5月14日火曜日

毎日がfashion week?! 海外スナップに負けないエナジーの街

最近のTOKYOの激変ぶりはすごいものである。
様々なSightseeing spotsが出現し人の流れも変わった。
そんな中、Fashionの聖地の王道である原宿(ここでは下は骨董通りにのびる南青山まで、表参道を直進し上が原宿を範囲とする)のSTREETの動きが最近ますます面白く感じている。

まず、エリアを分けてみよう。
①骨董通り
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今激熱な南青山へのびるこの通りは、ご存じの通り現在のfashion scene を賑わす
 Acne Studio ,comme des garcon,MackintoshやMaison Kitsuneなどが並んでいる。
 ここの通りは青山通りよりさらに静まり返り街に高貴な雰囲気が漂っている。そんな
 雰囲気は町並みだけではなく、ここでのFashionも高級感のあるスタイルで明らかに
 デザイナーブランドだとわかるスタイルの人が多い。またcomme des garcon.   Issay Miyake,Youji Yamamotoなどのお店があるせいか、このあたりのブランドで身を
  装った人々をよく見かける。まさにランウェーからそのままでてきたような、芸術美な
 洋服をまとった人が多い。


②表参道Ⅰ(キャットストリート以南)
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明治通りにのびる表参道の前半は、GucciやCeline、Fendiなどハイブランドから始     
まる。ココでのFashionはガラッと変わる。青山通りに近いせいもあってOL系のキレイ 
めスタイルの人が多い。いずれにしても体のどこかにブランドを身にまとい、高級感
がただよっているのは変わらない。キレイめな雑誌から飛び出してきたモテスタイルな
ファッションが多い。

③キャットストリート(ジャイロビルからのびる道

 歩道橋を渡ったラルフ前しかり、キャットストリートの入り口またFashion Snap Spotであ
 る。ここのStreetのミックス感は面白い。かつての原宿の代名詞、古着系も
 いれば(実際このあたりにはヨーロッパ系ビンテージショップも多い)ゴスロリもいて、
  
 モードっぽい人もいればアメカジや色遊びが上手なアメアパ系の人なども歩いてい
 る。とにかくなんでもありなのだ。ジャンルがちがってもお互いを認め合っている。自由
 な通りなのである。

④トンちゃん通り
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 最近私が最も注目している、そして急激に変化している通りである。ビームスの後ろ      
 にのびるこの通りはファッションを通して自らをクリエーションし表現している動きがあ        
 る。これぞ原宿Kawaiiというものではないのだろうか。自らイメージするファッションが  
 あり、そこに存在しない服は作る。コレとコレ合わせていいの?と思うようなものをバラ     
 ンスよく身に纏い自らを作り上げる力…。ファッションというツールを通して自己表現し
 ている人たちは本当に尊敬する。ライバルは昨日の自分で、毎日ファッションがアップ    
 デートされているよう…。非常にパワーを感じる通りである。



ざっと記述してしまったが、、、
上記のようにこんなに狭く近い地域の中に、これだけの多くのファッションがミックスされ、
けんかすることもなく、お互いを認め合っている。ある意味無関心であり、干渉なしの世界
である。自ら選び、自分を一体のトルソーにみたてクリエーションする。バランス感覚が非常に優れている。電車の中で笑われてしまうような派手派手なファッションだって、ここではなじんでしまうどころかみんなが認めてくれる。何でもありの世界。毎日がファッションウイーク。

パリコレなどのランウェーは確かに美しい。
しかしいろいろなアパレルがそれを受けて、服作りをするわけで結局アパレルの同質化になってしまう。きれいだが個性がない状態になる。
しかし、ここでは違う。
上から降りてきたものではなく、自ら流行を作り出す。それがリアルなストリートファッションである。
自分というフィルターを使って今現在の自分の感情や状態を発信するのである。
それをみんなが認め合い、切磋琢磨して日本のファッションシーンを盛り上げていっているように思える。そんな素敵な場所が大好きだ。